おもしろいテーマをみつけたので「Web とは何か」というのを、環世界という視点から考えてみる。
- 環世界
- 環世界(かんせかい、Umwelt)はヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した生物学の概念。環境世界とも訳される。すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、その主体として行動しているという考え。ユクスキュルによれば、普遍的な時間や空間も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されている。動物の行動は各動物で異なる知覚と作用の結果であり、それぞれに動物に特有の意味をもってなされる。ユクスキュルは、動物主体と客体との意味を持った相互関係を自然の「生命計画」と名づけて、これらの研究の深化を呼びかけた。
環世界とは、誤解を恐れず平たくいうと、生物が知覚・作用できる世界によってその生物の世界はできあがっているということになる。気になる方は『生物から見た世界』を読んでください。
とりあえず今回はプロローグなので、超速で歴史を振り返ることから初めてみる。
さて、インターネット、というかコンピュータそのものにしても、ユーザが利用できるものや、サービスは日々変化している。初期のコンピュータは線を繋いだり引っこ抜いたりして演算を行っていたらしいし、それからしばらくは CUI で対話し、パンチカードでプログラムを走らせていたという。マッキントッシュが GUI を一般消費者にも利用できるようにした当初は、きっと動画の再生なんてできなかっただろう。
Web にしても、最初はほんとうに文書だけのものだった。画像はハイパーリンクを利用して、別ウィンドウで表示していたらしい。だからこそ文書構造マークアップのための言語として最初の HTML は設計された。
しばらくして文書と画像を同時に表示できるブラウザが登場し、さらに JavaScript でインタラクティブな要素が追加される。第一次ブラウザ戦争でそれは加熱し、より豊かな視覚表現、よりインタラクティブな表現のための各社の独自実装を経て、マイクロソフトはネットスケープ社に勝利し、安定と停滞の時代を迎える。
Web の進化はそこで一旦完全に停止する。迂回ルートとしてマクロメディア社は Flash を提唱。それは現在の Web の方向を指すひとつのコンセプトモデルになった。それから数年後、暗黒時代に終わりを告げる Firefox が華麗に登場し、さらに Ajax が提唱されることで、それまで停止していた Web は、再び進化を始める。
さらに W3C に業を煮やした WHATWG による HTML5 の登場。そしてその進化を加速させるために Google は Chrome を市場に投入。デバイスではアップルが iPhone によるエクスペリエンスの革命を起こすことで Web はそれまでものとは全く異なる生態系を産み出し初めている。
と、随分端折ったけれど大方こんな感じで変わってきたはず。
それで何がいいたいのかというと、要は Web で知覚できるものは常に、現在進行形で変化している。同時に、ユーザーが作用できるもの、また作用の仕方も変化している。
表現できる色数は増え、音声、動画、立体表現も可能になっている。始めは犬のように色のない環世界で生きていた生き物が、ある日、色を知覚できるようになった。音を知らなかった生き物が、ある日耳を持った。それまで平面処理されていた視覚からの刺激が、ある日を境に三次元空間として知覚できるようになった。
つまり、環世界が変化している。
同時に、当初はひとつであった環世界が、現在では複数存在する。
初期の段階では一部のマニアのものであったものが、コンピュータの一般家庭への普及によってより多くの一般消費者の生活の中に溶け込んでいった。それを察知したマーケティングは Web を広告ツールとして利用し、さらに膨らみ続けるマーケットに商機を感じた起業家たちが参入。
それから子供たちへの教育上のリスクを叫びながらの政府の侵入。政府は高度化し、もうひとつの世界になっていた Web の脅威に対し法による規制を開始。
ジャーナリストやアーティストはプロ(営利)、アマチュア(非営利)を問わず表現の場を拡大している。もうここでは政治闘争も随分前から始まっており、現実の国家権力転覆の一翼を担うことすら可能になった。
当然彼らは別々の環世界に生きている。政府からみた Web と 革命家からみた Web は 180 度逆の意味を持つ。政府の作用空間と、革命家の作用空間は異なる。同じものを見ても立場が違えば、異なる反応を起こす。
「Web とは何か」この質問に応えるには、それぞれの環世界において、各々が何を知覚し、何に作用しているのかから考えないといけない。